其の1に続き、はたして何回まで続くのかわかりませんが、飛行機ネタを語れるだけ語っていきます。
記念すべき其の1回目はP-51 MUSTANGです。派生型でBやCがあります。
日本語でマスタングと表記したりムスタングと表記したりしますが、どちらも正しいと考えていいでしょう。

何とも洗練されたフォルムです。
本来は「野生の馬、荒馬」などの意味があるのですが、荒馬と言うよりは紳士にも見えてくるカッコイイプロポーションをしています。
過去に数えきれないほど模型で作ってきて、各メーカーからもキット化されていますがベストキットと言えるのは「ハセガワ」ではないでしょうか。
模型に興味のある方はこちらから。
この飛行機の詳細をあげれば語りつくせないほどあるため詳しくはネットで調べたほうが色々情報が出てくると思うので、私が紹介するのは少し変わった視点からです。
youtubeこちらにリンクがあるので動画を見てもらえたらかっこよさが更に伝わると思います。

もともとP-51は第2次大戦の中期頃からヨーロッパ戦線で活躍しており、ドイツ機相手に奮闘していました。日本では疾風がP-51と死闘を繰り返しており性能面では互角で互いに良きライバルとして空の王者に君臨していました。
えっ零戦は?と思うかもしれませんが元々の開発コンセプトの違いや工業力、時代背景からして日本にはその頃優秀なパイロットがいなかったことなどを考えると1450馬力を誇るP-51に敵う余地はなかったでしょう。

さてこのP-51も第2次大戦を経て次は朝鮮戦争に参加することになるのですが、基本性能の高さから朝鮮戦争でも大活躍をすることとなります。
その頃には米軍の部隊改編や規則の変更でP-51からF-51へと変わり現在と同じ戦闘型を意味する「F」が頭文字につくようになりました。

そもそもがイギリスからの要望だった

話は少し前後するものの、この飛行機自体は本来大戦中におけるイギリスからの注文であり、当初米軍は使用予定はなくエンジン換装などを経て劇的に性能向上がみられたP-51を米軍も採用する運びとなりました。
色々と説は出回ってますが、政治的背景や戦争状態であることなどから「必要な時に必要な機数」が揃えられることは一番の条件であったに違いありません。そう考えれば耐久性、整備性、操縦性など様々なことを考えてP-51が朝鮮戦争まで使われ続けたことも納得はできますし、現にアメリカでのエアショーなどでは現役で多くの観客を魅了するまさに「エアショーのファンタジスタ」と呼ぶに相応しい飛行機だと思います。

出来すぎた優等生

そもそもこんなに出来すぎた飛行機ならまず文句はでることはありませんし、模型化しても必ずと言っていいほど売れます。
ですから飛行機の世界だけでなく模型の世界でも優等生であることは明らかですし、日本人にも多くのファンがいることは間違いありません。
そんなP-51もアメリカのエアショーに行けば必ずと言っていいほどお目にかかれますので是非生で見てみたいという方にはチノ空港のエアショーが一番オススメかもしれません。
毎年5月に行われるエアショーで必ず飛びますので、気になる方は一度お問合せ下さい。詳細の日程などをこちらからご連絡差し上げます。

Randy Works.Co